大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形簡易裁判所 昭和47年(ろ)87号 判決

被告人 柏倉光敏

昭五・九・一生 保険代理業

主文

本件公訴を棄却する。

理由

一、公訴事実

本件公訴事実は、「被告人は、昭和四七年六月七日午前一一時三〇分頃、宮城県公安委員会が道路標識により最高速度を四〇キロメートル毎時と定めた宮城県宮城郡利府町浜田地内附近道路において、右最高速度を一六キロメートル毎時超える五六キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車(山形五ぬ六二七四号)を運転した」というものである。

二、本件公訴提起の手続について

(一)  右公訴事実(以下本件反則行為という)は道路交通法(以下法という)一二五条一項に定める反則行為であり、被告人の当公判廷における供述によれば被告人は同条二項各号に該当する者以外のものであることが認められるから、被告人に対する公訴の提起は法一三〇条に則つてなされなければならない。

(二)  (証拠略)によると、次の事実が認められる。

1  公訴事実記載の日時、場所において、宮城県警察交通巡ら隊警察官千葉輝俊は、被告人の本件反則行為を現認したとして、いわゆる交通反則切符(一枚目・交通反則告知書、二枚目・交通事件原票、三枚目・交通反則通告書、四枚目・交通取締原票)を作成し、一枚目(告知書)を被告人に交付したのであるが、同警察官は、右告知書中(5)反則事項・罰条欄を除く欄には所定事項を記載したけれども、右(5)欄の記載を過誤により脱漏し、このため被告人に交付された告知書の(5)欄の記載は空白であり、又複写記入方式をとる二枚目ないし四枚目の各(5)欄の記載も空白になつていた。

2  その数日後、被告人が住居地の山形警察署中山派出所に「この告知書は(5)欄が空白なので無効ではないか」と届出たことから、同派出所新田巡査が前記警察官千葉輝俊に電話で問い合せ、警察官千葉輝俊が調査したところ、交通反則切符二枚目ないし四枚目の(5)欄の記載が空白になつているのを発見した。そこで同警察官は、二枚目中の現認報告書の記載を確かめて、二枚目ないし四枚目の各(5)欄に反則事項罰条を追加記入したうえ、二枚目、三枚目を宮城県警察本部長に送付して告知を報告した。他方、被告人に対する関係では、同警察官は、前記新田巡査からの電話による問い合せの際、新田巡査に被告人に対する反則事項、罰条の説明方を依頼したのみで、新たに告知書を交付する等の手続はとらなかつた。

3  宮城県警察本部長は同年七月一八日被告人に対し、法一二七条一項に則つて、警察官千葉輝俊が反則事項罰条を追加記入して送付した交通反則切符三枚目(通告書)により、本件反則行為につき反則金の納付方を通告した。

4  被告人は、右通告に対し、告知書が無効であるとして反則金を納付期限内に納付しなかつた。そこで、同年一〇月二一日本件公訴が提起された。

(三)  いわゆる交通反則通告制度は、大量の道路交通法違反事件を、事案の程度に応じて、合理的且つ迅速に処理することを主眼とするもので、法一二七条の警察本部長の通告に基いて反則金が納付されると当該事案につき公訴権が消滅し、納付されない場合には刑事手続に連なるという重大な効果が生ずる(法一三〇条)。これを反則者の側からみると、反則金を納付することによつて公訴の提起を免れうるという利益を享受することになる。

ところで、右通告に先立つて、警察官等は反則者に対し、反則行為となるべき事実の要旨およびその属する反則行為の種別を書面により告知するものとされており(法一二六条)、このように告知の手続が前置されていることにより、行政事務処理の簡素化、迅速化が確保されるとともに、反則者は、右告知によつて速かに告知された反則行為の内容を認識することになり、これによつて、疑問がある場合には警察本部長による是正(法一二七条二項)を促す機会を得、あるいは、反則金を納付して公訴権を消滅させるか否かの選択もしくは短期間に納付しなければならない反則金の調達の時間的余裕を得、又、反則金相当額を仮納付(法一二九条)して通告書送付費用の加算(法一二八条一項)を免れる等の実質的利益を受ける。

告知手続が前置されることについて反則者が有する右の利害関係は、公訴権の消滅という交通反則通告制度によつて反則者の受ける重大な利益に密接に関連するものであり、このことを考慮すると、告知手続は交通反則通告制度の重要な一部を構成するものと考えられる。

又交通反則事件の処理の実情をみても、その大半が告知による仮納付によつて処理されていることは反則者にとつて、告知手続が最も重要な意味をもつことを示している。したがつて、法が告知を要しないと定めた場合(法一二六条一項各号、一三〇条二号)は別論として、適法な告知を欠いたまま通告のみがなされても、これを、公訴権消滅の利益の喪失という重大な不利益を結果するところの適法な通告がなされたものと解することはできない。

(四)  本件においては、前記認定のとおり、警察官千葉輝俊が作成交付した告知書中その中心的要素である反則事項・罰条の記載が脱漏しており、且つ新たな告知書の交付もなされていないのであるから、法一二六条一項の適法な告知はなされなかつたものと言わざるを得ない(なお、警察官千葉輝俊は被告人に対し、右告知書を交付する際に直接口頭で、さらに数日後前記電話による問い合せの際に前記新田巡査を通じ口頭で、それぞれ反則事項・罰条を説明したことがうかがわれるけれども、交通反則通告制度そのものおよびその一部である告知手続きが前述のように反則者にとつて重要な利害関係を有するものであることを考慮すると、右告知の手続も厳格に履践されるべきであつて、口頭による告知でもつて法一二六条一項の書面による告知に代替させうると解すべきではないと考えられる。)。

さらに、宮城県警察本部長が被告人に対してした通告は、右にみたように適法な告知を欠くものであるから、右通告は法一二七条一項の適法な通告ということはできない。

(五)  以上述べたところにより、本件においては適法な告知、通告の手続が履践されていないことになり、且つ本件は法一二六条一項各号、一三〇条各号に定める告知もしくは通告を要しない場合のいずれにも該当しないから、結局本件公訴は法一三〇条の規定に違反したものといわざるを得ない。

三、よつて、本件公訴は、公訴提起の手続がその規定に違反した無効のものとして、刑事訴訟法三三八条四号により、これを棄却すべきこととなる。

よつて主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例